最低賃金1,177円で学ぶ「労働分配率」|分子は国、分母は自分

最低賃金1,177円で学ぶ「労働分配率」|ワキログ 工務店の方へ
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お疲れ様です。ワキログです。

僕は普段、全国の工務店さんの経営コンサルティングをしています。

ニュースを入口にして経営学の言葉を一つずつ解説する「ニュースで学ぶ経営学」、今回が第15回です。

今回のテーマは「最低賃金1,177円」です。

時給が、56円上がりました。

「たった56円?」と思った人と、「56円も!」と思った人がいると思います。

実は、この感じ方の差が今日のテーマです。

56円は、1日8時間・月20日働く人1人あたり、年間で約10万7千円。

社員20人の会社なら、年間で約215万円の人件費増です。

国が決めた数字で、会社の人件費が勝手に増える。経営者はこれにどう構えればいいのでしょう。いかがでしょう。

分子は国が上げる。分母は自分で増やす。

今日は、最低賃金のニュースを入口に、経営学の「労働分配率」と「付加価値生産性」という言葉を解説します。

少し長くなりますが、お付き合いください。

最低賃金1,177円、10年で43%上がった

最低賃金・全国加重平均の推移(2016〜2026年度)|823円から1,177円へ

まずは事実から整理します。

9月3日、2026年度の最低賃金が47都道府県すべてで出そろいました。

全国平均は時給1,121円から1,177円。56円の引き上げです。

上げ幅としては、過去最大だった昨年度の66円に次ぐ、過去2番目。率にすると5.0%です。

10年前の2016年度は823円でした。

10年で354円、約43%上がっています。

上げ幅の推移も見てください。2010年代は毎年25円前後、コロナ禍の2020年度は1円でした。

そこから28円、31円、43円、51円、66円、56円と、一気に駆け上がっています。

都道府県別では、最高が東京の1,280円、神奈川1,279円、大阪1,231円。最低は宮崎の1,085円、次いで高知と沖縄の1,086円です。

東京と宮崎の差は195円。月160時間働くと、月に3万円以上の差になります。

ただ、最低額と最高額の比率は84.8%で、12年連続で縮まっています。地域差は、ゆっくり小さくなっている。

発効のタイミングは3つに分かれます。10月からが37都道府県、11月が京都や山梨など7府県、12月が岩手・熊本・沖縄の3県です。

30人未満事業所の影響率27.7%と、人件費高騰による倒産130件

では、会社側はどうか。

東京商工リサーチの集計では、2026年度上半期の倒産は5,373件で、13年ぶりの高い水準です。

人手不足が原因の倒産は240件で過去最多。そのうち130件は「人件費の高騰」が引き金でした。

さらに大和総研のレポートによると、従業員30人未満の事業所で、新しい最低賃金を下回る人の割合、いわゆる「影響率」は27.7%。前の年は23.2%でした。

つまり小さい会社ほど、4人に1人以上の賃金を上げないといけない。

自信なし
自信なし

うちも10月から時給を見直したんですが、正直どこから原資を出せばいいのか・・・。

社員の給料は上げたいんです。でも数字がついてこなくて。

自信あり
自信あり

「時給いくら」で考えているうちは、答えが出ないと思いますよ。

見るべきは時給じゃなくて、会社が生んだ価値を何%人に配っているか、です。

時給の話を、会社の数字の話に置き換える。

それができるのが、経営学の「労働分配率」という考え方です。

労働分配率とは、生んだ価値のうち人に配った割合

労働分配率=人件費÷付加価値|大企業47.3%・中規模74.4%・小規模81.5%

式はシンプルです。

労働分配率=人件費÷付加価値。

会社が生み出した「付加価値」のうち、どれだけを人に配ったか、の割合です。

最低賃金が上がる、というニュースを経営の言葉に直すと、「分子の人件費が、会社の意思と関係なく増える」という話になります。

分母の付加価値が増えなければ、分配率は上がる。そのぶん利益が削られる。

だから経営者が見るべきは「時給いくら」ではなく、「分母をどう増やすか」なんです。

付加価値の分解|控除法(売上−外部購入)と加算法

ここで分母の「付加価値」を押さえておきます。意外と誤解されている言葉です。

付加価値は、売上ではありません。

売上から、外から買ってきたもの、つまり材料費・外注費・仕入れを引いた残りです。これを「控除法」と言います。

工務店なら、売上から材料費と外注費を引いた「粗利」が、ほぼ付加価値です。

もう一つ、足し算で出す「加算法」もあります。人件費+減価償却費+賃借料+金融費用+租税公課+利益です。

この足し算を見ると、会社が生んだ価値を「人」「設備」「家主」「銀行」「国」「会社の利益」で分け合っている、という構造が見えてきます。

労働分配率は、このうち「人」の取り分です。

じゃあ何%が普通なのか。

財務省の法人企業統計では、大企業は47.3%。中規模企業は74.4%、小規模企業は81.5%です。

2026年版の中小企業白書も「中規模は約7割、小規模は約8割」と書いています。大手中心の経産省の調査だと、製造業45.9%、卸売業43.7%、小売業46.7%。だいたい44〜47%です。

小さい会社ほど、生んだ価値の8割を人に払っている。だから人件費が上がると、すぐ利益が消えるのです。

身近なたとえでいきます。

付加価値は「家族の手取り」、人件費は「食費」です。

手取り30万円で食費9万円なら3割。手取りが20万円に落ちて食費が同じなら、4.5割です。

食費は同じでも、分母で率が変わる。

分配率が高い会社は、「人にたくさん払う優しい会社」とは限りません。分母が小さいだけ、という場合が多いんです。

自信なし
自信なし

うちの分配率、たぶん8割近いです。これって社員思いってことですよね?

自信あり
自信あり

そうとも言い切れないんです。分母の付加価値が小さいだけかもしれない。

分配率は高くても低くてもダメで、「自社の分母に対して、持続できる位置にあるか」で見る数字です。

少しだけ、もう一段深くいきます。

付加価値を人数で割ると「1人当たり付加価値」。これが「付加価値生産性」、いわゆる労働生産性です。

法人企業統計で、2024年度の大企業は1人当たり1,935万円。中小企業は666万円。約3倍の差があります。

そして人件費を人数で割ると「1人当たり人件費」、つまり平均の給与です。

労働分配率は、1人当たり人件費÷1人当たり付加価値、とも書けます。

だから「分配率を変えずに給与を上げる」には、1人当たり付加価値を同じ率だけ上げる必要がある。これが「賃上げの原資は付加価値」という言葉の正体です。

よくある誤解を2つ。

  • 「分配率は低いほど良い」。違います。低すぎる会社は人が辞め、採用コストで結局高くつきます
  • 「分配率は高いほど社員思い」。これも違います。高すぎる会社は、設備投資も内部留保もできず、次の賃上げができなくなります
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教科書的には、労働生産性=労働装備率×設備生産性、と分解します。

要するに「道具を持たせる」か、「道具をうまく使う」か。

工務店なら、現場管理のアプリや施工の省力化で1人が回せる棟数を増やす。これは労働装備率の話です。

分子は国が上げる、分母は自分で増やす

最低賃金は10年で+43%、中小企業の1人当たり付加価値は9年で+4.9%

さて、ニュースに戻ります。

最低賃金は10年で43%上がりました。

一方、中小企業の1人当たり付加価値は、2015年度から2024年度の9年間で4.9%しか増えていません。

ここは補足が要ります。

時間当たりで見ると中小企業も25.5%伸びていて、労働時間が短くなった分も効いています。

だから「中小企業が怠けている」という話ではない。

でも、人に払う金額は時間ではなく「額」で決まる。分母の伸びと分子の伸びが、ここまで開いている。

これが、人件費高騰による倒産130件の背景にあると、僕は見ています。

大和総研のレポートも、審議会が中小企業の「支払い能力の改善」を根拠にした点に疑問を投げています。

政策の評価は分かれます。でも経営者としては、「上がる前提で分母を増やす」しかない。

分母を増やすルートは3つです。

①値上げ・粗利率の改善

付加価値そのものを増やす。いちばん直接的なルートです。

②生産性

同じ付加価値を、少ない人数・時間で生む。

③外注と内製の見直し

外注費は「外部購入」なので付加価値の外。内製化すれば付加価値は増えます。

ただし人が増えれば分配率も上がるので、必ず1人当たりで見ること。

工務店の計算例(仮の数字)|3%賃上げに必要な付加価値は粗利率0.9ポイント

工務店で数字にしてみます。仮の数字です。

売上6億円、材料と外注で4.2億円。付加価値は1.8億円、付加価値率30%。社員15人なら1人当たり1,200万円。人件費9,000万円で、労働分配率は50%。

来年3%の賃上げをすると、人件費は270万円増えて9,270万円。

分配率50%を守るなら、付加価値を540万円増やす必要があります。

これを売上で稼ぐなら、1,800万円の受注増。でも粗利率を30%から30.9%に上げるだけでも届きます。

1棟3,000万円の家で言えば、約27万円の値付けの見直し。ここが、工務店の賃上げの最短ルートです。

自信なし
自信なし

1,800万円の受注増は正直きついです。でも1棟27万円なら・・・。

自信あり
自信あり

そこなんです。売上で追うと遠いけど、粗利率で追うと近い。

原価のムダを減らすのも同じ効果です。分母を増やす方法は、受注だけじゃない。

最低賃金は国が決める。でも、付加価値は自分で決められる。

自分の会社に当てはめる3つの問い

立場別アクション表|経営者・会社員・生活者が今週できること

じゃあ、どうするか。立場別に、今週できることを整理します。

①経営者(中小企業・工務店の社長)

今日15分でできること。直近の決算書を出して、付加価値を計算してください。売上−材料費−外注費−仕入れです。

次に、人件費÷付加価値で労働分配率。付加価値÷人数で1人当たり付加価値。

この3つの数字をスマホのメモに書く。これだけで会社の見え方が変わります。

2つ目。来年の賃上げ率を決めて、必要な付加価値の増え幅を逆算する。式は、人件費×賃上げ率÷今の労働分配率。

それを粗利率に換算して、見積書の値付けに落とします。

公的支援は「業務改善助成金」(厚生労働省の助成制度)です。事業場内の最低賃金を引き上げて設備投資をすると、50円コースで最大130万円、90円コースで最大600万円。

ただし今年度の申請は、地域の最低賃金が発効する前日まで、遅くとも11月30日まで。10月発効の地域はもう締まっているので、来年度に向けて今から準備を。

②会社員(営業・現場・管理職)

自分の年収の何倍の付加価値を生んでいるか、計算してみる。

会社全体の付加価値がわからなければ、自分の部署の粗利を人数で割ります。

分配率70%の会社なら、年収の1.4倍の付加価値を生めば平均的。年収の2倍を生んでいれば、堂々と賃上げを交渉できる水準です。

2つ目。「生産性を上げる提案」は、分子と分母で切り分ける。付加価値を増やす提案か、人・時間を減らす提案か。

上司に出すときは「1人当たり付加価値がいくら変わるか」を一言添える。

③生活者(働く人・パート・転職を考える人)

10月以降の給与明細を見て、時給が新しい最低賃金以上か確認する。月給の人は、月給÷月の平均所定労働時間で時間額に直します。通勤手当や残業代は除いて計算します。

発効日が県によって違うので、自分の県の日付を確認してください。

パートや転職の時給交渉は、最低賃金を「下限」として、その会社の分配率と自分が生む付加価値で考える。

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僕は中小企業診断士でもあるので、少しだけ試験の話をさせてください。

労働分配率と付加価値は、診断士試験の「財務・会計」と「中小企業経営・政策」の両方で出ます。

平成20年度の中小企業経営・政策 第2問。「労働投入量当たりの何の向上が労働生産性か」で、正解は付加価値額。

同じ問題で「労働投入量当たりの資本ストック」を指す言葉を選ばせて、正解は資本装備率。今日出てきた労働装備率のことです。

せっかくなので、今日版の予想問題を1問。

X社の年間売上高は3億円、材料費・外注費など外部購入費は2億円、人件費は6,000万円、従業員は10人である。生産性分析に関する記述として最も適切なものはどれか。

  • ア 労働分配率は20%である
  • イ 付加価値は1億円であり、労働分配率は60%である
  • ウ 労働生産性(1人当たり付加価値)は3,000万円である
  • エ 労働分配率が低いほど、従業員への分配は手厚い

正解は、イです。

アは人件費を売上で割っています。それは売上高人件費率。分母は付加価値です。

ウは売上を人数で割った数字。1人当たり付加価値は、1億円÷10人で1,000万円。

エは逆。低いほど、人への配分は薄い。

「分母は売上じゃなく付加価値」。ここだけ覚えて帰ってください。

【セルフチェック】

  1. 自社の付加価値・労働分配率・1人当たり付加価値、この3つの数字を今すぐ言えますか?
  2. 来年の賃上げに必要な付加価値の増え幅を、金額で逆算したことがありますか?
  3. その増え幅を、受注増ではなく粗利率や原価のムダで出す道筋を持っていますか?

3つとも言えるなら、賃上げはもう怖くありません。

言えないなら、賃上げ率を決める前に、まず分母を測るのが先です。

まとめ:分子は国、分母は自分

まとめ:労働分配率と付加価値生産性|分子は国、分母は自分

今日の経営学用語は「労働分配率」と「付加価値生産性」でした。

  1. 労働分配率とは、会社が生んだ付加価値のうち、人に配った割合。分母は売上ではなく付加価値
  2. 最低賃金は10年で43%上がった。分子は国が上げる。分母の付加価値は、値上げ・粗利率、生産性、外注と内製の見直しで自分が増やす

賃上げに踏み切れない会社の多くは、気持ちが足りないのではなく、分母の数字が見えていないのだと思います。

分母が見えれば、必要な増え幅が見える。増え幅が見えれば、1棟あたりの値付けに落とせる。

最低賃金のニュースは、それを測るきっかけをくれました。

ワキログ
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正直に言うと、僕はこの賃上げの流れに賛成です。でも、心配もしています。

賛成の理由は、「働くって本当は楽しい」と思える前提に、まともな賃金があるからです。生活がきついままで「仕事を楽しもう」とは言えません。

心配の理由は、顧問先の工務店さんでも「賃上げしたいけど原資が見えない」という相談が増えているからです。気持ちはあるのに、数字がついてこない。

僕がいつも言うのは、賃上げは「人を大事にする」と「数字で裏づける」の両方が要る、ということです。

片方だけだと、優しさが会社を潰すか、計算が人を離れさせる。

工務店の現場で見ている実感では、最短ルートは粗利率の改善です。1棟あたり1%の値付けと、現場のムダの削減。これだけで賃上げの原資は出てきます。

自社を点検する物差しを持つこと。労働分配率と1人当たり付加価値は、その物差しの中でも、いちばんシンプルで、いちばん効くやつです。

最低賃金は国が決める。でも、付加価値は自分で決められる。ここに経営の自由があると、僕は思っています。

ワキログでした!

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