
お疲れ様です。ワキログです。
僕は普段、全国の工務店さんの経営コンサルティングをしています。
ニュースを入口にして、経営学の言葉を一つずつ解説する「ニュースで学ぶ経営学」。
第10回のテーマは「談合事件」です。
談合って、実は「仲間を売った方が得」な仕組みになっているの、ご存じでしたか。
6社で仲良く仕事を分け合っていたのに、1社だけがさっと先に手を挙げて、その1社だけおとがめなし。
残りの5社には、合わせて約5億円の課徴金が出る見通しです。
これ、偶然ではありません。「先に裏切った人が得をする」ように、国がルールを設計しているのです。いかがでしょう。
一人ひとりが賢く動くと、全員が損をする。それを崩すのも、作るのも「設計」です。
今日は、都営地下鉄の談合のニュースを入口に、経営学の「ゲーム理論」、中でも一番有名な「囚人のジレンマ」を解説します。
少し長くなりますが、お付き合いください。
6社で分け合って、1社だけおとがめなし

まずは事実から整理します。
2026年10月13日、時事通信や共同通信などが報じました。
都営地下鉄などの線路の保守工事の入札で、受注した6社が談合を繰り返していたとして、公正取引委員会が独占禁止法違反(不当な取引制限)を認定する方針を固めた、という内容です。
発注者は東京都交通局。対象は浅草線、三田線、新宿線、大江戸線、それに東京さくらトラム(都電荒川線)と日暮里・舎人ライナー。
合わせて6路線の、レール交換などの軌道保守工事です。
報道によると、どの路線をどの会社が落札するか、入札の前に決めていたとされています。
6社の社名は、東鉄工業、坪井工業、早川建設、日信工業、三軌建設、東急軌道工業と報じられています。
このうち5社に、再発防止を命じる排除措置命令と、合計約5億円の課徴金納付命令が出る見通しです。
そして、ここがポイントです。
6社のうち東急軌道工業の1社は、命令を免れる見込みだと報じられています。
理由は「課徴金減免制度」。公取委の調査が始まる前に、自分から違反を申告したから、とされています。
流れを整理すると、2025年11月11日に公取委が6社と都交通局に立ち入り検査。
そこから約11か月で認定の方針。各社に処分案はすでに通知済みで、意見を聞いたうえで正式決定です。
ですから今日の時点では「方針」であって、正式な命令はまだ出ていません。ここは事実として押さえておきます。

談合って、悪い人たちが裏でこっそりやっているイメージでした。
でも、1社だけ助かるって、なんだか仲間を売ったみたいで・・・。

そこなんです。「仲間を売った方が得」になるように、制度ができているんですよ。
悪い人の話ではなく、構造の話です。
この事件、「悪い会社があった」と読むこともできます。
でも僕は、「構造がそうさせた。だから構造で止めた」と読んだ方が、経営に使えると思っています。
その構造を説明してくれるのが、経営学の「ゲーム理論」です。
囚人のジレンマとは、賢く動くと全員が損する構造

ゲーム理論を一言でいうと、「相手の出方を読みながら、自分の最善手を決める状況を分析する理論」です。
一人で決める意思決定ではありません。相手がいて、相手もこちらの出方を読んでくる。これが「ゲーム」です。
その中で一番有名なのが「囚人のジレンマ」。
「お互い協力した方が得なのに、それぞれが合理的に考えると裏切ってしまう」構造のことです。
囚人のジレンマは1950年、アメリカのRAND研究所でメリル・フラッドとメルビン・ドレシャーという2人の研究者が考案しました。
それに「囚人の話」というストーリーを付けて広めたのが、数学者のアルバート・タッカーです。
どんな話か。2人の容疑者が、別々の部屋で取り調べを受けています。
- 2人とも黙秘すれば、証拠不十分で2人とも懲役1年
- 1人だけ自白すれば、自白した方は釈放、黙った方は懲役10年
- 2人とも自白すれば、2人とも懲役5年
懲役の年数は教科書的な例です。
さて、あなたならどうしますか。
相手が黙秘するとして。自分は黙れば1年、自白すれば釈放。自白が得です。
相手が自白するとして。自分は黙れば10年、自白すれば5年。やっぱり自白が得です。
相手がどう出ても、自白した方が得。これを「支配戦略」と言います。
2人とも同じ計算をするので、結果は「2人とも自白、懲役5年ずつ」です。
このとき、どちらも自分一人だけ戦略を変えても得にならない。この落ち着きどころを「ナッシュ均衡」と言います。
1950年にジョン・ナッシュが論文で示した概念です。
でも、よく見てください。
2人とも黙秘していたら、1年ずつで済んだのです。
誰も損をせず全員が良くなる状態を「パレート最適」と言うのですが、ナッシュ均衡はこれとズレる。
「一人ひとりが賢く振る舞った結果、全員が損する」。これが囚人のジレンマの怖さです。
身近なたとえだと、テスト前の「全然勉強してない」宣言ですね。
全員が本当にしなければ全員楽なのに、一人がこっそり勉強すると得をする。だから全員こっそり勉強して、全員疲れる。

なんだか、うちの相見積りと同じ匂いがします・・・。

まさにそれです。値下げ合戦は、工務店版の囚人のジレンマですから。
後半で詳しくやりましょう。
ここから一段深く。談合、つまりカルテルも、まったく同じ構造です。
診断士試験の令和5年度の問題に、ちょうどいい利得表があります。
X社とY社が「同じ価格で売ろう」というカルテルを結ぶ。選べるのは「守る」か「破って安く売る」か。
2社とも守れば、Xが50、Yが40の利益。Xだけ破ればXが60でYがマイナス20。2社とも破れば、0と0です。
さっきと同じ計算をすると、相手が守っても破っても、自分は「破る」方が得。ナッシュ均衡は「2社とも破る」で、利益ゼロです。
ここで疑問が出ます。
理屈では裏切りが得なのに、なぜ現実の談合は何年も続くのでしょう。いかがでしょう。
答えは、「1回じゃない」からです。

囚人のジレンマは、1回限りなら裏切りが支配戦略です。でも、同じ相手と何度も入札で顔を合わせるなら、話が変わります。
今回裏切れば、次から相手も裏切ってくる。「次がある」ことが、裏切りを抑えるのです。
これを実験で確かめたのが、政治学者のロバート・アクセルロッドです。
1984年の『The Evolution of Cooperation』、日本語版は『つきあい方の科学』という本です。
彼は世界中の研究者から「繰り返し囚人のジレンマ」のプログラムを募集して、総当たり戦をやりました。
優勝したのは、一番単純な戦略。「しっぺ返し」、英語でTit for Tatです。
ルールは2つだけ。
- 最初は協力する
- その後は、相手が前回やったことをそのまま返す
裏切られたら即、裏切り返す。でも相手が協力に戻れば、すぐ許して協力に戻る。
アクセルロッドは、協力が育つ条件を「未来の影」と呼びました。次に会う可能性が高いほど、裏切りは損になるのです。
ゲーム理論ではこれを「フォーク定理」と言って、繰り返しが十分に続くなら、1回限りでは成立しない協調が均衡として成立しうる、と示されています。
つまり談合はこう読めます。同じ顔ぶれで、同じ発注者の入札で、何年も会い続ける。協調が最も育ちやすい条件がそろっているのです。

「次がある」と思えば、人は裏切らない。これは談合の話であると同時に、商売の信頼の話でもあります。
悪い意味でも、良い意味でも、同じ原理が働いています。
公取委は、談合仲間に「裏切り」を設計した

ここからは僕の見立てです。
今回の6社は、「協調」の均衡にいたわけです。路線ごとに担当を決めておけば、全員が安定して受注できる。
じゃあ、公取委はどうやってこの協調を崩したか。
ここで出てくるのが、先ほどの「課徴金減免制度」、通称リニエンシーです。

仕組みはこうです。
- 公取委の調査が始まる前に、最初に自分から申告した1社は、課徴金が全額免除
- 2番目は20%減額、3〜5番目は10%、6番目以降は5%
- 調査が始まった後でも、最大3社まで10%、それ以外は5%
- さらに調査への協力度合いに応じて、調査開始前なら最大40%、開始後なら最大20%が上乗せで減る
これ、何をやっているか分かりますか。
「黙っていれば全員安泰」だった談合仲間に、「先に裏切った者だけ得をする」という新しい利得表を、上から被せたのです。
「誰かが先に行くかもしれない」と思った瞬間、黙っているのが一番怖くなる。
取り調べ室の外で、囚人のジレンマを人工的に作った。制度で囚人のジレンマを「設計」したわけです。
裏切りは、設計できます。
談合の摘発は、内部告発を待つだけではなく、「裏切った方が得」という計算を各社にさせる方向に進化してきた、と僕は見ています。
報道どおりなら、東急軌道工業は調査開始前に申告した1社。だから命令を免れる見込み、という話になります。
課徴金の重さも見ておきましょう。
独禁法の課徴金は、違反期間の売上額に原則10%、中小企業なら4%をかけて計算します。
対象期間は調査開始日から最長10年前まで。繰り返しや主導的役割があれば1.5倍、両方なら2倍です。
今回の各社にどう適用されたかは公表されていないので、ここは一般論として押さえてください。

うちみたいな小さい会社には、関係ない話に聞こえてしまいます・・・。

いえ、「ルールを変えれば、人の動きが変わる」という話ですから、社内でも使えますよ。
評価制度も、協力業者さんとの付き合い方も、全部「利得表」です。
僕の見立ては2つです。
1つ目、談合は「協調が育ちやすい場」ほど起きやすい。同じ顔ぶれ、同じ発注者、何年も。これは多くの業界にありえる構造です。
2つ目、だから公取委は「場」そのものに裏切りの誘惑を仕込んだ。ルールの設計で人の行動を変える。これをゲーム理論では「メカニズムデザイン」と言います。
悪い人がいたから起きた、ではなく、構造がそうさせた。だから構造で止める。これが今回の事件の読み方です。
値下げ合戦から抜け出す3つの手

では、これを自分の仕事にどう使うか。工務店さん、中小企業の経営者さん向けに3つです。
①値下げ合戦は囚人のジレンマです
相見積りで、A社もB社も「下げなきゃ取られる」と思って下げる。結果、2社とも利益が薄くなる。
相手が下げても下げなくても、自分は下げた方が得に見える。だから止まらない。
上の図のように、2社とも維持すれば300万円ずつの利益が、2社とも下げれば150万円ずつ。数字は仮の例ですが、構造はこのままです。
抜け出す方法は、「価格以外の比較軸」を先に作ること。利得表そのものを変えるのです。

保証と点検、実績と事例、対応のスピード、暮らしの提案。お客さんが「比べる物差し」を、価格以外に増やす。
逆に言えば、お客さんが価格しか見ていないのは、こちらが価格しか見せていないからです。
②協力業者さんとの関係は「繰り返しゲーム」です
1回の工事で値切り倒せば、その場は得です。でも次の繁忙期に職人さんが来ない。
未来の影を、自分で消しているのです。
③「裏切らない」という評判には、値段がつきます
支払いを遅らせない、口約束を守る、紹介を大事にする。全部、繰り返しゲームの「協力」の積み重ねです。
信頼は、将来の取引コストを下げる資産です。
会社員の方なら、部署間の押し付け合いや、手柄の取り合いを思い浮かべてください。
一人ひとりが自分の評価だけを守ると、会社全体が損をする。同じ構造です。
生活者としては、先ほどの「全然勉強してない」宣言。身の回りのジレンマを見つけるだけでも、見え方が変わります。

僕は中小企業診断士でもあるので、少しだけ試験の話をさせてください。
ゲーム理論は、診断士1次試験の「経済学・経済政策」で、2年に1回くらい出る頻出論点です。
先ほど使った令和5年度 第22問は、まさに「カルテルを守るか破るか」の利得表で、正解はイでした。
聞かれ方はほぼ決まっていて、「相手の戦略を固定して、自分の最適反応を探す」。左の数字は上下で比べ、右の数字は左右で比べる。これで解けます。
せっかくなので、今日版の予想問題を1問。
入札談合に関与した事業者が、公正取引委員会の調査開始前に自ら違反を申告すると課徴金が免除・減額される制度(課徴金減免制度)を、ゲーム理論の観点から説明した記述として最も適切なものはどれか。
- ア 談合参加者全員が黙秘を続けることをナッシュ均衡にする制度である
- イ 先に申告した者を優遇することで、各参加者にとって「申告」を有利な戦略にし、協調の均衡を崩す制度である
- ウ 繰り返しゲームにおける「未来の影」を大きくし、協調を促す制度である
- エ パレート最適な状態を全参加者に強制する制度である
正解は、イです。
アは逆。黙秘の均衡を崩すのが制度の狙いです。
ウも逆。未来の影が大きいほど協調が育つ。制度は協調を壊したい側です。
エは意味が通らない。談合参加者にとってのパレート最適は「全員黙秘」。制度はそれを壊す側です。
【セルフチェック】
- うちの相見積りは、価格だけで比べられていませんか?
- 協力業者さんとの関係を、「1回限り」で扱っていませんか?
- 「裏切らない」という評判を、意識して積み上げていますか?
うちの会社は、どの利得表の上で戦っているか。
まとめ:うちはどの利得表の上で戦っているか

今日の経営学用語は「ゲーム理論」と「囚人のジレンマ」でした。
- 一人ひとりが合理的に動くと、全員が損をする。それを止めるのも、わざと作るのも「ルールの設計」
- 談合は協調が育ちすぎた結果。公取委はそこに、裏切りの誘惑を設計した
値下げ合戦も、職人さんとの付き合いも、社内の評価も、全部どこかの利得表の上で動いています。
その利得表を、誰かに与えられたまま戦うのか。自分で書き換えるのか。
ここが、経営者の仕事だと思います。

顧問先の工務店さんとお話ししていると、「相見積りで値段しか見てもらえない」という悩みをよく聞きます。
でも今日の話で言えば、それは相手の問題ではなく、利得表の問題です。
価格以外の物差しを先に渡す。職人さんとは「次がある」関係を続ける。約束を守る評判を積み上げる。
どれも地味ですが、裏切りが得にならない構造を、自分の手で作る作業です。
情報はお客様が自分で取れる時代です。だからこそ、「この人と一緒に家づくりがしたい」と思ってもらえる要素を、価格の外に作っておく。
このシリーズでは、ニュースを入口に経営学の言葉を一つずつ解説していきます。
ワキログでした!
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