
お疲れ様です。ワキログです。
僕は普段、全国の工務店さんの経営コンサルティングをしています。
ニュースを入口にして経営学の言葉を一つずつ解説する「ニュースで学ぶ経営学」、今回が第19回です。
テーマは「火星探査機MMXの打ち上げ」です。
2年、待ちました。
火星に向かう探査機の話です。
ロケットの不具合で打ち上げが延びて、次のチャンスが来るまで約2年かかりました。
1日でも適期を逃したら、次の便は2年2か月後。
こんな納期、想像できますか。いかがでしょう。
遅れを隠して突っ込む現場と、遅れを正直に組み直す現場。
納期を守れるかどうかの差は、根性ではなく、工程表の作り方から来ます。
工程表は、約束の設計図です。
今日は、MMXのニュースを入口に、経営学の「プロジェクトマネジメント」、中でも工程表の科学を解説します。
少し長くなりますが、お付き合いください。
火星行きの「出発便」は、2年2か月に1回

まずは事実から整理します。
2026年10月20日の朝4時41分、種子島宇宙センターからH3ロケット10号機が打ち上がりました。
載っていたのは、JAXAの火星衛星探査機MMX(エムエムエックス)です。
打ち上げから約1時間11分後、計画どおりに探査機を分離して、火星に向かう軌道に入れたとJAXAが発表しています。
MMXのミッションは、火星の衛星フォボスに着陸して砂を採取し、地球に持ち帰ること。火星の衛星からのサンプルリターンは、成功すれば世界初です。
日程を見てください。
火星圏に着くのが2027年8月。約3年滞在して、2030年11月に火星圏を離れ、地球に帰ってくるのが2031年7月の予定です。
5年がかりのプロジェクトです。
体制も大きい。JAXAが主導して、NASA、ESA、ドイツのDLR、フランスのCNESが参加しています。
ここからが今日の本題です。
この探査機、もともとは2024年に打ち上げる予定でした。
ところが2023年3月、新型ロケットH3の初号機が失敗。その影響で、打ち上げは2026年へ、2年延期になったと報じられています。
なぜ「数か月後にやり直し」ではなく、「2年後」なのか。

地球と火星の位置関係です。地球が火星に追いつく周期は約780日。つまり2年2か月に1回しか、火星に向かいやすいタイミングが来ません。
2024年9月ごろの適期を逃したら、次は2026年。当時は海外のロケットを使う案も検討されたけれど、それでも間に合わなかったと報じられています。
今回の打ち上げも、予定日は10月20日、予備期間は11月7日まで。この約19日間を外せば、また2年待ちだったわけです。

うちの現場でも、職人さんの都合で1週間ずれることはよくあります。
でも「2年」はさすがに・・・。規模が違いすぎて、自分の話に聞こえません。

規模は違っても、構造は同じですよ。
「ここが遅れたら、全部が遅れる」という場所が、どの現場にも必ずあるんです。
MMXは、「動かせない納期」を持つプロジェクトの、極端な例です。
だからこそ、工程表の科学を学ぶ教材として、これ以上ないニュースだと思いました。
その科学の名前が、経営学の「プロジェクトマネジメント」です。
プロジェクトマネジメントとは、工程表の科学

プロジェクトとは、「始まりと終わりがあって、同じものを二度は作らない仕事」のことです。
家づくり、新店オープン、システム導入。全部プロジェクトです。
そのプロジェクトを、決めた納期・予算・品質で終わらせる技術が、プロジェクトマネジメントです。
世界的な教科書がPMBOK(ピンボック)ガイド(知識体系をまとめた書籍の名前)です。米国のPMIという団体が1996年に初版を出し、「スコープ」「スケジュール」「コスト」など10の知識エリアに整理しています。
今日はその中の「スケジュール」、つまり工程表の科学に絞ります。
工程表づくりは、4つの道具で成り立っています。
①WBS(作業分解図)
仕事を木の枝のように分解する図です。
家づくりなら、「住宅1棟」を「基礎」「構造」「仕上げ」に分けて、さらに「配筋」「打設」「建方」まで分ける。
分解しないと、見積りも日程も「えいや」になります。
②ガントチャート
横軸が時間で、作業ごとに棒を引く、あの表です。1910年代にヘンリー・ガントが広めました。
③PERT(パート)の3点見積り

1958年に米海軍がポラリスミサイル計画のために作った手法です。
作業の所要時間を「楽観・最頻・悲観」の3つで見積もり、(楽観+4×最頻+悲観)÷6で期待値を出します。
たとえば基礎工事が「早ければ5日、たいてい7日、雨が続けば15日」なら、期待値は(5+28+15)÷6で8日。
「たいてい7日」より1日長くなるのがポイント。遅れる側の幅の方が大きいからです。
④クリティカルパス法(CPM)
1950年代後半に、デュポン社とレミントンランド社の技術者が開発しました。
作業を矢印でつなぐと、「どれが終わらないと次に進めないか」の網ができます。
その網の中で一番長い経路が、クリティカルパス。これがプロジェクト全体の期間を決めます。
上の図の例題でやってみます。作業はAからFの6つ。
A(3日)の後に、B(4日)→D(5日)の列と、C(2日)→E(3日)の列が並行して走って、両方終わったらF(2日)。
上の列は3+4+5+2で14日。下の列は3+2+3+2で10日。
長い方の14日が、このプロジェクトの最短完了日数。A→B→D→Fがクリティカルパスです。
ここが大事な性質です。クリティカルパス上の作業が1日遅れたら、全体がそのまま1日遅れる。
逆に、CやEが1日遅れても、全体は変わらない。4日の「余裕」があるからです。
この余裕を、フロートと呼びます。

うちの工程表、全部の工程に「念のため」の日を足してあるんですけど、それでも毎回ギリギリになるんです・・・。

それ、余裕の置き場所の問題かもしれません。
各工程に隠した余裕は、だいたい使い切られてしまうんですよ。
ここで、少し深い話をします。
工程表に余裕を入れるとき、普通は各作業の見積りに「念のため」を足しますよね。
でも、各作業に余裕を持たせると、2つの現象が起きます。
一つは「学生症候群」。余裕があると、締切直前まで手をつけない。
もう一つは「パーキンソンの法則」。「仕事の量は、与えられた時間を使い切るまで膨張する」という、1955年にイギリスの歴史家パーキンソンが書いた法則です。

そこで、ゴールドラットが1997年の著書『クリティカル・チェーン』で提案したのが、プロジェクトバッファです。
各作業は「五分五分で終わる」強めの日数で見積もって、削った余裕をプロジェクトの最後に一つにまとめて置く。
余裕は「各作業に隠す」のではなく、「全体で見える場所に置く」。これが、動かせない納期の守り方です。

納期を縮めたいときの道具も、2つだけ押さえておきましょう。
クラッシングは、人や機械を足してクリティカルパス上の作業を短くする方法。費用が上がります。
ファストトラッキングは、本来は順番にやる作業を重ねて並行で進める方法。手戻りのリスクが上がります。
どちらも、クリティカルパス以外の作業を縮めても意味がありません。さっきの例でCを2日縮めても、14日は14日のままです。
MMXを工程表の道具で読み解く

ここからは僕の見立てです。
まず納期。火星行きの打ち上げ適期は2年2か月に1回。つまり、ゴールのマイルストーンが「動かせない」。
2023年にH3の初号機が失敗したとき、ロケットは探査機にとって、クリティカルパス上の作業でした。
クリティカルパスが遅れたので、全体がそのまま遅れた。ただ普通のプロジェクトと違って、「数か月の遅れ」が「2年の遅れ」に化ける。
報道によると、海外ロケットに載せ替える案、つまり代替手段も検討されたけれど、間に合わなかった。
動かせない納期に対しては、クラッシングもファストトラッキングも届かないことがある。これが宇宙開発のしんどさです。
一方で、再設定した後の進め方は、教科書どおりに見えます。
打ち上げ日は10月20日だけど、予備期間を11月7日まで取っている。これはプロジェクトバッファです。
探査車はドイツとフランスが作って、2023年7月には完成していた。海外協力の部品は、クリティカルパスに乗せないよう先に仕上げておく。
打ち上げ後も、約3か月かけて機器のチェックをしながら飛ぶ。
着陸の前にはまず探査車を降ろして地面を調べ、本体の着陸リスクを下げる。
「やり直しがきかない作業の前に、小さく試す作業を置く」。これも工程設計です。
僕が面白いと思ったのは、延期の結果、帰還が2029年度から2031年に変わったことです。
2年の遅れは、取り戻せていない。でも、「取り戻そうとして無理をしなかった」とも読めます。
工務店でも同じです。遅れを隠して突っ込むより、工程を組み直して正直に説明する方が、最後は信頼が残る。
工務店の工程に置き換えると、こうなります。
着工→基礎→上棟→屋根外壁→内装→完了検査→引渡し。
この一本道が、たいていの現場のクリティカルパスです。職人さんの手配日が、そのまま納期になります。
設備・電気や外構は、本体の工程と並行して走るので、少し余裕がある。
ただし、職人さんの手配が重なると、余裕があったはずの工程がクリティカルに変わります。余裕は固定ではなく、動くのです。
数字でも見ておきます。先ほどのバッファの図の例で、仮の数字です。
3つの作業を安全側に8日ずつ見ると、合計24日。
五分五分なら5日ずつで、15日。
削った9日の約半分、5日をバッファとして最後に置けば、全体は20日。しかも遅れを吸収できます。
4日短くなって、しかも遅れに強い。余裕の置き場所を変えるだけで、これだけ変わります。

でも、バッファを工程表に書いたら、お客さんに「じゃあその分早くできますよね」って言われませんか・・・。

だから、バッファは「遅れを吸収する枠」だと最初に説明しておくんです。
見える場所にあるからこそ、減っていく様子を一緒に見て、早めに手が打てるんですよ。
隠した余裕は、信頼を生みません。見える余裕が、信頼を生みます。
じゃあ、どうする?今週できること

では、僕らは今週何をするか。3つの立場で話します。
①経営者(工務店の社長さん)
一つ目、今日15分でできること。進行中の現場を1件選んで、工程表の作業を矢印でつないでください。
「これが終わらないと始まらない」だけを線にする。
線が一本道になった部分が、あなたの現場のクリティカルパスです。
二つ目、工程表に「バッファ」を1行、明示する。各工程に隠した「念のため」を削って、引き渡し前にまとめて置く。
②会社員(現場監督さん、工事担当さん)
一つ目、自分が持っている作業を3点見積りする。「早ければ・たいてい・遅れたら」の3つの日数を書いて、(楽観+4×最頻+悲観)÷6。
二つ目、フロートがゼロの作業に赤マークをつける。そして「遅れそう」と分かった時点で、何日前に誰へ言うかの報告ルールを、上司と決める。
週1回、15分の工程レビューで十分です。
③生活者(家を建てる人)
一つ目、工程表を見せてもらって、こう聞く。「どの工程が遅れると、引き渡しが遅れますか?」
答えられる会社は、クリティカルパスを把握しています。
二つ目、「仕様の変更は、いつまでなら工期に影響しませんか」と聞く。
変更の締切を知ることが、自分の家の納期を守る一番の方法です。

僕は中小企業診断士でもあるので、少しだけ試験の話をさせてください。
この分野、診断士試験では運営管理の定番です。
平成28年の第10問、平成30年の第6問、令和2年の第11問と、アローダイアグラム(作業を矢印でつないだ工程図)を描いて計算する問題が繰り返し出ています。
令和2年の第11問は、クリティカルパスが2本あって、両方を同時に短縮しないと全体は縮まらない、という問題でした。
せっかくなので、工務店版の予想問題を1問。
ある工務店の工程は、作業A(3日)の後に、B(4日)→D(5日)と、C(2日)→E(3日)が並行し、両方の完了後にF(2日)で終わる。作業Dを1日、作業Cを2日短縮したとき、最短完了日数として最も適切なものはどれか。
- ア 11日
- イ 12日
- ウ 13日
- エ 14日
正解は、ウの13日です。
もとのクリティカルパスはA→B→D→Fで14日。Dを1日縮めて、13日。
Cはクリティカルパス上にないので、2日縮めても全体は変わりません。
「短縮はクリティカルパスだけ」。試験も現場も、ここで差がつきます。
【セルフチェック】
- 自社の現場で、「1日遅れたら引き渡しが1日遅れる工程」がどれか、言えますか?
- 工程表の余裕は、各工程に隠れていますか。それとも最後に、見える形で置いてありますか?
- 「遅れそう」と分かったとき、何日前に、誰に言うか。ルールは決まっていますか?
3つとも言えるなら、あなたの会社の工程表は、すでに約束の設計図になっています。
言えないなら、今週、現場を1件選んで矢印を引くところからです。
余裕は隠さず、最後にまとめて見える場所に。
まとめ:工程表は約束の設計図

今日の経営学用語は「プロジェクトマネジメント」でした。
- 道具はWBS、ガントチャート、PERT、クリティカルパス。クリティカルパス上の1日の遅れは、そのまま納期の1日の遅れ
- 余裕は各作業に隠さず、最後にまとめて見える場所に置く。それが、動かせない納期の守り方
MMXは2027年8月に火星圏へ。帰ってくるのは2031年7月の予定です。
5年後、一緒に答え合わせしましょう。

僕はこのニュース、2年の遅れそのものより、「2年待つと決めた」ことに感心しました。
工程って、人の時間を預かる仕事なんですよね。
MMXなら、多くの研究者と、海外の協力機関の時間。
工務店なら、職人さんの手配と、施主さんが仮住まいで待っている日々。
遅れそうなときに一番やってはいけないのは、黙って突っ込むことです。
顧問先の工務店さんでも、「遅れを早く言える現場監督ほど、施主さんからの信頼が厚い」という話はよく出ます。
今の時代、情報はお客様が自分で取れます。だから正確な情報を届けるのは当たり前で、差がつくのは「悪い知らせをどれだけ早く、正確に出せるか」です。
工程表に余裕を見える形で置くのは、技術の話に見えて、実は誠実さの話だと思っています。
工程表は、約束の設計図です。
次回も、時事ネタから経営学用語を一つ取り上げます。
ワキログでした!
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