
お疲れ様です。ワキログです。
僕は普段、全国の工務店さんの経営コンサルティングをしています。
ニュースを入口にして経営学の言葉を一つずつ解説する「ニュースで学ぶ経営学」、今回は第14回です。
テーマは「建材の受注停止」です。
「ナフサは足りています」。
今年4月、政府はそう説明しました。
でも同じ週、ユニットバスも、屋根の下葺き材も、断熱材も、注文が止まりました。
足りているのに、止まる。
この不思議なズレは、どこから来たのでしょう。いかがでしょう。
足りなかったのは、モノより「情報」です。
今日は、建材の受注停止と値上げのニュースを入口に、経営学の「ブルウィップ効果」という言葉を解説します。
少し長くなりますが、お付き合いください。
「足りている」のに、注文が止まった

まずは事実から整理します。
きっかけは中東情勢の悪化です。原油と、石油化学の原料になる「ナフサ」の供給が不安定になりました。
ナフサは塗料のシンナー、接着剤、断熱材、ルーフィングなど、家の材料のかなりの部分の「元」になっています。
数字で見ると、2026年4月の中東からのナフサ輸入は前年同月比で80%減。国内向けの販売量も36%減りました。
ナフサの価格は5月時点で、年初から83.2%上がっています。
この影響が、春から建材に連鎖しました。
屋根の下葺き材の田島ルーフィングは、4月に防水材と住宅建材の新規受注を停止。全面再開は7月1日まで待つことになりました。
TOTOは4月13日にシステムバスの新規受注を止め、20日に再開。理由は、壁や天井の接着剤に使う有機溶剤の原料ナフサが安定して手に入らないから、と説明しています。
旭化成建材も4月20日から5月10日まで受注を停止。雨といのケイミューは4月28日から出荷制限に入りました。

そして夏から秋は、値上げの季節です。
ケイミューの雨といは7月1日納入分から20%以上。旭ファイバーグラスのグラスウールは9月1日出荷分から15%以上。
TOTOは12月1日受注分から、全商品で平均8〜13%の値上げを発表しています。
業界のまとめサイトによると、シンナーは30〜80%、ルーフィングは40〜50%という品目もあるそうです。
石油に近い建材ほど、値上げ幅が大きい。これは図を見れば一目で分かります。
ここで一つ、面白い数字を出します。
建設業の調達担当100人への調査で、92%が仕入れ価格の値上げに直面。73%が新規受注の停止や見送りを「している・する予定・懸念」と答えました。
それだけ現場は困っていた。
なのに政府は4月14日、「日本全体として必要なナフサは足りている」「一部の不均衡は流通の目詰まりで、サプライチェーンの中の企業の誤解も一因」と説明したのです。

うちも4月はユニットバスが入らなくて、引き渡しがずれました。
足りてるって言われても、現場には来てないんですよ・・・。

たぶん、モノが消えたんじゃなくて、注文のほうが膨らんだんだと思いますよ。
「足りているのに止まる」。このズレが、今日の主役です。
そしてこのズレを説明できるのが、経営学の「ブルウィップ効果」という考え方です。
ブルウィップ効果とは、川上ほど揺れが大きくなる現象

ブルウィップとは、牛追いの鞭のことです。
手元を少し動かすだけで、鞭の先端は大きくしなります。
サプライチェーンも同じで、お客さん側の小さな需要の揺れが、工務店、問屋、メーカー、原料と川上にさかのぼるほど、大きな「発注の揺れ」に増幅されるんです。
家づくりで言えば、手元は施主さん。鞭の先っぽがナフサです。
今回、施主さんの「家を建てたい」は急に増えていません。むしろ2月の新設住宅着工は前年比4.9%減です。
なのに川上では注文が殺到して、止まった。これがまさに鞭の先端です。
少しだけ、歴史も押さえておきます。
この現象を最初に体系的に書いたのは、MITのジェイ・フォレスターで、1961年の『Industrial Dynamics』です。
名前をつけたのはP&G。紙おむつの消費はほぼ一定なのに、問屋への出荷や原料の注文が大きく揺れているのに気づいて「ブルウィップ」と呼びました。
そして1997年、スタンフォードのハウ・リー教授たちが『スローン・マネジメント・レビュー』で理論としてまとめました。
仕組みは、こうです。
お客さんの需要が、たとえば10%増えたとします。
工務店は「足りなくなると困る」ので、少し余裕を持って発注します。問屋はその注文を見て、さらに余裕を持つ。メーカーも、原料屋も同じです。
一段ごとに「ちょっとの余裕」が足されて、川上では需要の何倍もの注文の波になります。
しかも、波が収まったときは逆回転。みんな在庫が余って、注文がゼロになる。
これを体験できるのが、MITの「ビールゲーム」です。
小売・卸・一次卸・工場の4人で、ビールを注文して流すだけのゲーム。注文が届くまで時間がかかり、隣の人の在庫は見えない。
ルールはこれだけなのに、やると必ず注文が暴れます。
MITのスターマン教授が1989年に実験結果を論文にしていて、原因は「自分の注文が、あとで自分に返ってくることを読めない」ことだと分析しています。
悪い人は一人もいない。でも全員が「自分の手元だけ見て合理的に動く」と、全体が暴れる。これがブルウィップ効果の怖いところです。

うちの発注、まさにそれです。
「足りないと怖いから」で、いつも少し多めに頼んでます・・・。

その「少し多め」が、問屋さんのところでは「かなり多め」に見えているんですよ。
手元の小さな余裕が、川上では大きな波になる。それがブルウィップです。

では、なぜ揺れるのか。リー教授たちは、原因を4つに整理しました。
- ①需要予測の更新:手元の注文を見て予測を直すから、揺れが上乗せされる
- ②バッチ発注:月に一回まとめて注文すると、メーカーから見た需要は月に一度どーんと来る
- ③価格変動:値上げ前の駆け込みや、特売のまとめ買い
- ④配給と品不足ゲーミング:足りなくなりそうなときに「多めに注文しておこう」と水増しする行動
今回の建材騒動は、③と④が同時に来ました。
じゃあ、どう抑えるか。教科書的な答えは「情報を共有する」です。
一つ、川下の実需を共有する。小売のPOSデータや、工務店なら着工予定をメーカーまで届ける。
二つ、VMI。仕入先が顧客の在庫を見て補充する仕組みで、発注の揺れをメーカー側で吸収します。
三つ、発注の平準化。まとめ発注をやめて、小ロットで頻度を上げる。トヨタのかんばんは、まさにこれです。
そして品不足のときは、注文量ではなく「過去の実績」で配分する。水増ししても意味がないルールにするのです。
もう一つ、在庫の話を数字で。
安全在庫は、だいたい「安全係数×需要のばらつき×リードタイムの平方根」で決まります。
ポイントは平方根。納期が4倍に延びても、必要な在庫は2倍で済みます。
逆に言うと、在庫を積むより、納期を短くして情報を早くもらう方が効く。ここ、よく誤解されるところです。

ちなみに、ブルウィップ効果は「フォレスター効果」と呼ばれることもあります。
名前は難しいですが、中身は「みんなが念のため多めに頼むと、全体が暴れる」というだけの話です。
建材騒動に当てはめる:鞭を振っているのは誰か

ここまでを踏まえて、今回のニュースを読み解きます。
事実として、ナフサの輸入は本当に減りました。中東産は80%減です。
でも政府は「日本全体では足りている」と言い、受注停止はTOTOもクリナップも1週間ほどで解除されました。
この二つを合わせると、僕の見立てはこうです。
「モノの不足」は一部で本物だった。でも「注文の殺到」は、不安という情報が鞭になって増幅した部分が大きい。
業界まとめサイトのテイガクさんも「受注停止の直接の原因は原材料の枯渇ではなく、今のうちに確保したいという注文の集中」と分析しています。
調達担当の92%が値上げに直面し、73%が受注停止を懸念していた。この「怖い」が、そのまま注文になったのだと思います。

悪循環の形にすると、こうなります。
値上げの予告が出る。「上がる前に確保しよう」で注文が集中する。
メーカーが出荷制限を始める。「割り当てが減るなら、多めに頼んでおこう」で注文がさらに増える。
注文が増えたから、メーカーはさらに制限する。実際、ケイミューの出荷制限の理由は「想定を上回る注文が続いたため」でした。
この悪循環が、原料の不足そのものより大きな揺れを作った。僕はそう見ています。
そして工務店の現場では、こういうことが起きます。
- 下葺き材が入らないから屋根工事が止まり、工程が遅れる
- 見積を出したときの単価が、着工時には20%上がっている
- 代替品を使いたいけど、施主さんの承認が取れていないから止まる

結局、うちみたいな小さい工務店が一番割を食うんですよね。
メーカーも問屋も、大口の注文から先に回すでしょうし・・・。

たしかに先端は一番揺れます。
でも、先端にいる工務店の「念のため多めに」が、鞭を振っている側でもあるんですよ。
鞭の先端にいる工務店は、揺れを一番食らいます。なのに、鞭を振っている側でもあるんです。
「念のため多めに」が、隣の工務店の資材を奪い、翌月の自分の資材も奪う。
ここが、今回のニュースで僕が一番伝えたいところです。
じゃあ、どうする?立場別のアクション

まず経営者、工務店の社長さん。
一つ目、今日15分でできること。主要資材10品目の名前を書き出してください。
屋根の下葺き材、断熱材、サッシ、ユニットバス、雨とい、接着剤。そして各品目に「今の納期」「代替品の候補」「単価の有効期限」を書く欄を作ります。
全部埋まらなくていい。空欄が、今日電話すべき仕入先です。
二つ目、見積書に「資材価格の有効期限」を入れる。そして契約書に、物価が大きく動いたときに協議する条項を入れる。
民間連合協定の工事請負契約約款には、第29条に「経済事情の激変で請負代金が明らかに適当でないとき」に変更を求められる条文があります。ここを施主さんに事前に説明しておくことです。
次に会社員。現場監督や購買の方。
一つ目、発注のバッチを小さくする。「月末にまとめて」を「工程表の必要日の2週間前に、必要分だけ」に変える。
それだけでメーカーから見た波が小さくなります。
二つ目、かさ増し注文をしない判断基準を持つ。「この資材が何日遅れたら工程に影響するか」を先に数える。
そして仕入先に「本当に必要な数量と時期」を正直に伝える。これがブルウィップを止める一番安い方法です。
最後に生活者。いま家を建てている、計画している方。
一つ目、今日15分で、契約書の「請負代金額の変更」の条項を読んでください。
何が起きたら金額が変わるのか、先に知っておく。
二つ目、工務店さんに「仕様変更や納期遅れが起きたときの連絡ルール」と「代替品の候補」を先に聞いておく。
慌てて決めるより、今決めておく方がずっと安心です。
僕は中小企業診断士でもあるので、少しだけ試験の話をさせてください。
ブルウィップ効果は運営管理の定番で、平成22年度の第34問に「ブルウィップ効果の抑制策として、最も不適切なものはどれか」という問題が出ています。
選択肢は、共同配送、納品頻度を週1回から週2回に、サプライヤーによる在庫管理、販売実績データの共有。
答えは、共同配送。これは物流コストの話で、発注の揺れを抑える話ではないからです。
試験は「情報共有・頻度を上げる・VMI」を抑制策として聞いてきます。今日の話と同じ構造です。
せっかくなので、建材版の予想問題を1問。
原材料の供給不安から建材メーカーに注文が集中し、受注停止が相次いだ。ブルウィップ効果に関する記述として、最も適切なものはどれか。
- ア 川下の需要変動は川上に伝わる過程で平準化されるため、原料メーカーの受注変動が最も小さくなる
- イ 品不足が予想されるときに買い手が必要量より多く発注する行動は、ブルウィップ効果を増幅させる要因となる
- ウ 発注をまとめて大口にすると発注回数が減るため、ブルウィップ効果は抑制される
- エ 小売の販売実績データをメーカーが共有しても、発注データと同じ情報であるため抑制効果はない
正解は、イです。
アは逆。川上ほど揺れは大きくなります。
ウも逆。まとめ発注は「バッチ発注」で、原因の一つです。
エも逆。発注データは揺れが乗った情報で、販売実績は実需。だから共有に意味があります。

試験の話はここまで。ここからが本題です。
資材の確保で悩んでいる社長さんは、一度、自分の会社にこの3つを聞いてみてください。
【セルフチェック】
- 主要資材について「今の納期」「代替品」「単価の有効期限」を、すぐに答えられますか?
- 先月の発注書の中に、「念のため」で足した数量はありませんか?
- 仕入先に、本当に必要な数量と時期を正直に伝えていますか?
3つとも「はい」なら、あなたの会社は鞭を振っていません。
「いいえ」が一つでもあれば、今週、発注書を一枚見直すところからで十分です。
まとめ:足りなかったのはモノより情報

今日の経営学用語は「ブルウィップ効果」でした。
- ブルウィップ効果とは、川下の小さな揺れが、川上にさかのぼるほど大きな発注の揺れになる現象
- 建材騒動は、原料の不足に「不安の情報」が乗って増幅した
止める方法は、在庫を積むことではなく、正確に伝えることです。
中東情勢は自分たちではどうにもできませんし、原料の不安は当面続くと思います。
でも、鞭を振っているのは、遠くの誰かではなく、自分の手元かもしれない。
そう思えるだけで、発注書の見え方が変わります。

正直に言うと、このニュースは心配しています。
ただ、僕が注目したのは「足りているのに止まった」という部分です。
今の時代、情報はお客さんも、仕入先も、自分で取れます。だからこそ、正確に伝えることが当たり前で、そこを外すと信頼が一気に崩れます。
「念のため多めに」は、短期的には自分を守る行動に見えます。でもサプライチェーン全体で見ると、自分の首を絞めている。
顧問先の工務店さんでも、「今のうちに多めに確保しておくべきか」という相談が増えています。
僕の答えはいつも同じで、「本当に必要な数と時期を、仕入先と施主さんに正確に伝えましょう」です。
それが結局、一番早く、一番安く、資材が手に入る方法だと思っています。
今週一回、発注書を見直してみてください。
ワキログでした!
参考情報
- テイガク「【2026年10月20日更新】建築資材・建材の値上げと受注停止 一覧|入手困難はいつまで続くのか」
- ロイター(ビジネス+IT転載)「TOTO、中東情勢で停止のユニットバス受注を20日から再開へ」
- ニュースイッチ「住設・建材、受注停止や価格・納期調整も…中東情勢悪化で需給逼迫」
- 大和総研「ナフサ問題がもたらす日本経済の不安要素」
- LOGISTICS TODAY「中東情勢で建設資材に影響、73%が受注停止懸念」
- Lee, Padmanabhan & Whang (1997) “The Bullwhip Effect in Supply Chains”(UC Berkeley 講義用要約ページ)
- 中小企業診断協会「平成22年度 第1次試験問題 運営管理」(第34問)



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