
お疲れ様です。ワキログです。
僕は普段、全国の工務店さんの経営コンサルティングをしています。
ニュースを入口にして、経営学の言葉を一つずつ解説する「ニュースで学ぶ経営学」。
第8回のテーマは「イオンの決算」です。
純利益が3.3倍。でも、株価は年初来安値。
営業利益は過去最高。でも、看板の総合スーパーは赤字。
イオンって、調子がいいんでしょうか。悪いんでしょうか。いかがでしょう。
この「よく分からなさ」の中に、複数の事業を持つ会社の経営の本質があります。
全部勝たなくていい。でも、どこで勝つかは社長が決める。
今日は、イオンの決算を入口に、経営学の「PPM(事業ポートフォリオ)」という言葉を解説します。
少し長くなりますが、お付き合いください。
過去最高益なのに、看板のスーパーが赤字

まずは事実から整理します。
2026年10月13日、イオンが2026年8月中間決算を発表しました。
営業収益(売上にあたる数字)は5兆9,042億円で前年同期比13.8%増。営業利益は1,307億円で10.7%増。どちらも中間期として過去最高です。
純利益は133億円。前年の40億円から約3.3倍です。
ただ、中身を見ると、事業ごとに明暗がくっきり分かれています。

稼ぎ頭はドラッグストアの「ヘルス&ウエルネス」で、営業利益597億円。前年から370億円も増えました。
2番目がイオンモールなどの「ディベロッパー・エンターテイメント」で542億円、132億円の増加です。
一方で、イオンの看板である総合スーパー(GMS)は126億円の営業赤字。前年は2億円の赤字だったので、124億円悪化しています。
食品スーパー(SM)も、前年は129億円の黒字だったのが、今期は2億円の赤字に転落しました。
理由として会社は、食品の価格競争、前年のコメ特需の反動、天候不順、人件費の増加を挙げています。
では、ドラッグはなぜこんなに伸びたのか。
昨年12月、ツルハホールディングスとウエルシアが経営統合して、イオンの連結子会社になりました。この効果が大きい。
ただ、ツルハを除いた同じ規模での比較でも333億円で30%増。土台の事業そのものも伸びています。
もう一つ、「純利益3.3倍」のカラクリも押さえておきます。
前年の中間期には、総合金融事業のポートフォリオ見直しなどで、特別損失が310億円ありました。
今期は特別損失が175億円に減った。この差が、そのまま純利益の伸びに乗っています。
つまり「3.3倍」は、事業が3.3倍うまくいったわけではありません。前年の後片付けが終わった分が大きい。
そして、直近3カ月(6〜8月)だけを見ると、営業利益は10%減、最終損益は5億円の赤字。株式市場はここを嫌って、発表翌日の株価は年初来安値でした。

過去最高益なのに赤字の事業があって、株価は安値って・・・。
結局、イオンは良い会社なんですか、悪い会社なんですか。

たぶん「良いか悪いか」の二択で見るから分からなくなるんですよ。
8つの事業を一枚の地図に置いて、「どこで稼いで、どこにお金を流しているか」で見ると、すっきりします。
イオンには事業が8つあります。全部が勝っているわけではない。でも全社では過去最高益。
この「全部勝たなくてもいい」という考え方を、理論にしたのが経営学の「PPM」です。
PPMとは、事業を「成長率×シェア」の地図に置く道具

正式には「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント」と言います。
一言でいうと、「複数の事業を一枚の地図に置いて、どこにお金を流すかを決める道具」です。
作ったのは、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の創業者、ブルース・ヘンダーソン。1970年の論文「The Product Portfolio」です。
軸は2つだけ。縦が市場成長率、横が相対的市場シェアです。
相対的市場シェアは「自社のシェア÷一番大きい競合のシェア」。1を超えていたら業界トップです。
この2軸で、4つの箱ができます。
- 花形:成長もシェアも高い。稼ぐけれど、成長についていくための投資もかかる
- 問題児:成長は高いが、シェアが低い。今はお金を食うだけ
- 金のなる木:成長は低いが、シェアが高い。投資が少なくて済むので、お金が残る
- 負け犬:成長もシェアも低い。基本的には撤退か縮小
身近なたとえで言うと、家計です。
金のなる木は、お父さんの給料。もう大きくは増えないけれど、安定して入ってくる。
問題児は、子どもの塾代。今はお金を食うだけ。でも、将来に化けるかもしれない。
花形は、独立して稼ぎ始めた長男。まだ家にも仕送りしてくれる。
負け犬は、使っていないのに払い続けているサブスク(定額制サービス)。

ここで大事なのは、箱の名前よりも「お金の流れ」です。
金のなる木で稼いだお金を問題児に投資して、花形に育てる。花形は市場が成熟すると、やがて金のなる木になる。
この循環を回し続けるのが、PPMの本当の目的です。

うちは注文住宅が本業で、リフォームと不動産も少しやっています。
正直、どれが「金のなる木」なのか、考えたことがありませんでした・・・。

考えたことがない会社の方が多いですよ。
でも、金のなる木が分からないと、そのお金がどこに消えているかも分からないんです。
少しだけ、理論の根っこにも触れておきます。なぜ「シェアが高いと儲かる」と言えるのか。
根っこにあるのが「経験曲線効果」。同じくBCGが1968年に出した考え方で、累積の生産量が倍になるごとに、1個あたりのコストが一定の割合で下がる、というものです。
シェアが高い=コストが低い=利益が出る。だから横軸にシェアを置いたのです。
縦軸の市場成長率の根っこは「製品ライフサイクル」。成長期はお金がかかり、成熟期は回収期です。

PPMは「地図」であって「答え」ではありません。
地図を持っている会社と持っていない会社では、お金の使い方の迷い方がまるで違う。
その違いが、数年後の利益の差になって出てきます。
イオンの決算を、PPMの地図で読む

ここからは、僕の見立てです。イオンの事業を仮に4つの箱に置いてみます。数値に基づく厳密な分類ではなく、あくまで概念図です。
ドラッグストアは市場も伸びていて、ツルハとウエルシアで国内最大。これは「花形」。
モール事業と総合金融は、国内の市場成長は緩やかですが、安定して稼ぐ。「金のなる木」。
ベトナムなどアセアンは、成長率は高いけれど、まだ仕込み中。「問題児」。会社も最重点国に置いています。
で、問題のGMS(総合スーパー)です。
イオンは総合スーパーで国内トップクラスのシェアを持っていて、市場の成長は低い。PPMの地図だと「金のなる木」の位置に来るはずなんです。
なのに、126億円の赤字。ここに、PPMの限界が見えます。

限界、よくある誤解を3つ挙げます。
①「シェア=利益」が成り立たない業界がある
GMSがまさにそうです。競合がドラッグストアやディスカウントなど、別の業態から来ると、経験曲線が効きません。
②PPMは、事業同士のシナジーを見ない
イオンのスーパーがあるからモールに人が来て、イオンのカードが使われる。この繋がりは、地図に乗りません。
③「負け犬はすぐ切れ」ではない
負け犬でも地域に必要だったり、他の事業にお客さんを送っている事業があります。
だからGEとマッキンゼーは1970年代の初めに、軸を増やしました。縦を「業界の魅力度」、横を「事業の競争力」にして、それぞれ3段階、9つのマスにした。「ビジネススクリーン」です。
そして今、日本の上場企業では、地図の軸がもっと変わっています。
東証が2023年3月に、資本コストを意識した経営を全上場企業に求めました。ここで出てくるのがROIC(投下資本利益率)、投下した資本に対してどれだけ稼いだか、という指標です。
新しい地図の問いは「この事業は、資本コストを超えて稼いでいるか」。シェアや成長率ではなく、お金の効率です。
イオンの中期経営計画でも、2030年度に営業利益5,300億円、ROE8.5%以上。事業ごとにROIの目安を置いて、ドラッグは12%以上、モールは9%以上、アセアン8%以上、食品小売7%以上。
そして「3期以上連続で赤字の重点会社は黒字化、または撤退・売却」。
地図の名前は変わっても、「どこにお金を流して、どこを畳むか」を決めるという本質は、1970年から同じです。
では、イオンの決算をこの地図で読むとどうなるか。
まず、花形のドラッグに大きく張りました。ツルハの連結で、ヘルス&ウエルネスの営業収益は6,819億円から1兆2,779億円、ほぼ倍。花形を買って、地図の左上を太らせたと読めます。
金のなる木のモールと金融が542億円と261億円。ここが全社を支える土台です。
そして、赤字のGMS・SMをどうするか。
実際、傘下のスーパー、USMHは2030年までに約100店の閉鎖を発表しました(新規出店もあり、純減は約50店です)。
でも僕は、GMSを「負け犬だから切る」とは読んでいません。
モールの核にはイオンの店がある。カードはスーパーで使われる。GMSは赤字でも、ほかの箱にお客さんを送り込んでいる。PPMが見落とす「シナジー」の塊です。
だから会社も中計で、GMSは撤退ではなく「カテゴリーごとに撤退を判断」「改装投資を増やす」と言っている。事業丸ごとではなく、売り場単位でPPMをやるイメージですね。
一方で、6〜8月だけ見れば減益で、株価は年初来安値。通期の営業利益3,400億円には、下期に前年比37%増の2,093億円が必要です。
ポートフォリオの絵はきれいでも、金のなる木がちゃんとお金を出し続けるか。市場はそこを見ています。
全部勝たなくていい。でも「どれが土台で、どれが仕込みか」は、社長が決めないといけない。

うちは全部の事業を黒字にしないと、と思って頑張ってきました。
でも、赤字でも残す事業があっていいんですね。

残すなら「なぜ残すか」を言えることが条件ですね。
お客さんを他の事業に送っているのか、ただ惰性で続けているのか。そこが分かれ目です。
じゃあ、どうする?自分の会社の地図を描く

工務店さん向けに置き換えます。
注文住宅、リフォーム、不動産、アフター、最近だと民泊。社長の頭の中には、だいたい4〜5個の事業があります。
これを一回、4つの箱に置いてみてください。
経営者の方へ。
まず、うちの「金のなる木」はどれかを決める。たいてい、紹介で回っている注文住宅か、OB客のリフォームです。
次に、そのお金がどこに流れているかを見る。問題児に投資しているのか、負け犬の延命に消えているのか。
そして、全部勝とうとしない。イオンですら8事業のうち2つは赤字です。どれが土台でどれが仕込みかを決めるのが、社長の仕事です。
会社員の方へ。
自分の担当している事業が、会社の地図のどの箱にいるかを知っておくと、求められている役割が見えてきます。
金のなる木なら効率と確実さ、問題児なら試行錯誤のスピード。同じ「頑張る」でも中身が違います。
生活者の方へ。
「過去最高益」と「赤字」が同じニュースに並んでいたら、「どの事業の話か」を分けて読んでみてください。見え方が変わります。
僕は中小企業診断士でもあるので、少しだけ試験の話をさせてください。
PPMは診断士試験「企業経営理論」の常連です。
令和3年度の第2問。BCGのPPMについて最も適切なものを選ぶ問題で、正解は「金のなる木の事業は、将来の成長に必要な資金を供給する」でした。
せっかくなので、イオン版の予想問題を1問。
小売グループY社は、成長率の高いドラッグストア事業で高いシェアを持ち、成熟市場の商業施設事業で安定した利益を上げ、同じく成熟市場の総合スーパー事業で赤字を計上している。PPMに関する記述として最も適切なものはどれか。
- ア 市場成長率が低くシェアが高い事業は、PPMでは「負け犬」に分類される
- イ 「金のなる木」の資金を「問題児」や「花形」に投資するのがPPMの基本的な考え方
- ウ PPMは事業間のシナジーを考慮する手法なので、総合スーパーの赤字は他事業への貢献で正当化される
- エ 相対的市場シェアとは、自社の売上高を市場全体の売上高で割った値である
正解は、イです。
アは逆。成長が低くシェアが高いのは「金のなる木」です。
ウは逆。PPMはシナジーを考慮しません。
エは違う。相対的市場シェアは、最大の競合との比です。

試験の話はここまで。ここからが本題です。
事業が2つ以上ある経営者さんは、一度、自分の会社にこの3つを聞いてみてください。
【セルフチェック】
- うちの「金のなる木」はどれか、言葉にできますか?
- 金のなる木で稼いだお金は、問題児への投資に回っていますか?それとも負け犬の延命に消えていますか?
- 全部の事業で勝とうとしていませんか?「赤字でも残す理由」を言えますか?
3つとも答えられたら、地図はすでに頭の中にあります。あとは紙に書くだけです。
答えられないなら、まず粗利を事業ごとに分けるところからです。それだけで、見えてくるものがあります。
まとめ:全部勝たなくていい

今日の経営学用語は「PPM」でした。
- PPMとは、複数の事業を「成長率×シェア」の地図に置いて、どこにお金を流すかを決める道具
- イオンは花形のドラッグに張り、金のなる木のモールと金融で支え、看板のスーパーが赤字でも全社では過去最高益
ただし、地図は万能ではありません。
PPMは事業同士のシナジーを見ない。だから今は、シナジーと資本効率の2つを足して見るのが、ポートフォリオの読み方です。
それでも、1970年から変わらない本質があります。「どこにお金を流して、どこを畳むか」を決めるのは、社長の仕事だということです。

顧問先の工務店さんとお話ししていると、事業が増えるにつれて「全部を頑張らなきゃ」と社長が一人で抱え込んでしまう場面をよく見ます。
でも、全部勝たなくていいんです。金のなる木を決めて、そのお金の行き先を決める。それだけで、社長の頭も社員さんの動きも、ずいぶん軽くなります。
僕は「工務店経営の14ヶ条」という物差しで顧問先の点検をしていますが、ポートフォリオの地図も、自社を点検する物差しの一つです。
物差しを持つと、迷いが「悩み」から「判断」に変わります。
このシリーズでは、ニュースを入口に経営学の言葉を一つずつ解説していきます。
次回も、ニュースから経営学の言葉を一つ、たのしく解説します。
ワキログでした!
参考情報
- 日本食糧新聞(時事通信速報)「イオン、純利益3.3倍=ドラッグストアが好調―8月中間決算」
- イオン株式会社「2027年2月期 第2四半期(中間期)決算短信〔日本基準〕(連結)」
- 流通ニュース「イオン 決算/3~8月営業収益・営業利益が過去最高を更新、食品小売は苦戦」
- 松井証券(MINKABU PRESS)「イオンは続落し年初来安値更新、直近の6~8月期営業益が10%減」
- 財経新聞「イオン決算を簡単解説 過去最高業績を支えた事業とスーパーの苦戦」
- Boston Consulting Group「The Product Portfolio」(Bruce Henderson, 1970)
- スタディング 中小企業診断士 過去問解説「令和3年度 企業経営理論 第2問」



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