
お疲れ様です。ワキログです。
僕は普段、全国の工務店さんの経営コンサルティングをしています。
最近、ニュースを入口にして経営学の言葉を一つずつ解説する、という企画を仕込んでいます。
その第1回のテーマが「サイゼリヤの値上げ」です。
「値上げしません」と宣言していた会社が、値上げをしました。
でも、SNSの反応は「ありがとう」でした。
値上げをしてお礼を言われる会社と、値上げをして客が離れる会社。
この差はどこから来るのでしょう。いかがでしょう。
値上げは勇気ではなく、設計です。
今日は、サイゼリヤのニュースを入口に、経営学の「価格弾力性」という言葉を解説します。
少し長くなりますが、お付き合いください。
「値上げしません」と言っていた会社が、値上げした

まずは事実から整理します。
サイゼリヤは2026年10月14日に値上げを発表しました。10月29日から、メニュー全般で平均6%の価格改定です。
あのミラノ風ドリアが300円から320円。400円のメニューは420〜430円になります。
対象はメニューの8割強。メニューのほぼ全般に及ぶ大規模な値上げは、1998年の上場以来初めてだそうです。

ここで思い出してほしいのが、この会社の過去の宣言です。
2022年10月、社長が記者会見で「値上げしません」と宣言し、以来ずっと踏ん張ってきました。
そして今回の発表で、さらに面白いことが起きます。
リリースの中で、値上げの理由を「当社の努力不足」と説明したのです。
これに対して、SNSでは激励や支持の声がたくさん集まりました。株価も発表の翌日に大幅反発しています。
お客さんも、投資家も、この値上げを「前向きな知らせ」として受け取ったわけです。

値上げでお礼を言われるって、どういうことですか。
うちは値上げの話をしただけで、お客さんの顔が曇るんですけど・・・。

たぶん「値上げ」そのものじゃなくて、値上げの出し方が違うんだと思いますよ。
値上げという行為は同じでも、受け取られ方がまるで違う。
サイゼリヤの発表を見ていて、僕が「うまいな」と思ったのは3点です。
一つ、理由を外部のせいにしなかったこと。原材料高も物流費も事実ですが、それを「当社の努力不足」と引き受けた。
二つ、守るものを明示したこと。ランチ、モーニング、フレッシュワインは据え置きと、最初から言い切った。
三つ、4年間の実績があったこと。「値上げしない」と言って本当にしなかった会社の言葉は、重い。
この3つがそろうと、お客さんは「値上げされた」ではなく「ここまで頑張ってくれた」と受け取ります。
この違いを説明できるのが、経営学の「価格弾力性」という考え方です。
価格弾力性とは、値段を上げたら客がどれくらい減るか

正式には「需要の価格弾力性」と言います。
一言でいうと、「値段を上げたら、お客さんがどれくらい減るか」の度合いです。
- 弾力性が高い=ちょっと上げただけで、客がガクッと減る
- 弾力性が低い=上げても、客はあんまり減らない
経営者が一番知りたい数字なのに、一番見えていない数字でもあります。

身近な例でいきます。
真夏の自動販売機の水。150円が160円になったら、買うのをやめますか。
買いますよね。これが弾力性「低い」です。
一方で、いつも行くスーパーの卵が20円上がって、隣のスーパーは据え置きだったら、いかがでしょう。
隣に行きますよね。これが弾力性「高い」です。
ポイントは値段の高さではなく、「代わりがすぐそばにあるか」です。
牛丼チェーンもそうです。1社だけ50円上げたら、お客さんは道路の向かいの店に歩いていきます。
同じ外食なのに、サイゼリヤはそうなりませんでした。なぜでしょう。

うちの近所にも工務店が何社もあって、お客さんは必ず相見積りを取るんです。
値段で比べられたら、こっちは「卵」と同じですよね・・・。

比べる軸が価格しかないから、「卵」になるんですよ。
比べる軸を自分で作れば、「水」側に行けます。
お客さんが「代わりがある」と感じるのは、比較の軸が価格しかないときです。
性能、提案、担当者、引き渡し後の対応。価格以外の軸が一つ増えるごとに、弾力性は下がっていきます。
少しだけ、教科書的な整理もしておきます。
弾力性は「需要の変化率÷価格の変化率」で計算します。
価格を10%上げて、客が5%減ったら弾力性は0.5。これは「低い」です。
価格を10%上げて、客が20%減ったら弾力性は2.0。これは「高い」です。
境目は「1」です。
弾力性が1より小さい商品は、値上げすると売上が増えます。客の減り方より、単価の上がり方が大きいからです。
弾力性が1より大きい商品は、値上げすると売上が減ります。単価が上がっても、それ以上に客が減るからです。
では、弾力性は何で決まるのか。大きく4つです。
- 代わりがあるか(代替品が近くにあるほど、弾力性は高い)
- 必需品か、ぜいたく品か(なくて困るものほど、弾力性は低い)
- 家計に占める割合(ガムの10円より、車の10万円の方が敏感)
- 時間(すぐには変えられなくても、時間が経つと客は代わりを探す)
この4つのうち、経営者が自分で動かせるのは1つ目の「代わりがあるか」です。
言い換えると、「うちでなければならない理由」を作ることが、弾力性を下げる唯一の経営努力なのです。

ちなみに、教科書的には「宝飾品や旅行などのぜいたく品は弾力性が高い」と整理されます。
でも現場を見ていると、高級寿司が1万円上がっても「あの店なら」と行く人がいます。
ブランドへの信頼が、弾力性を下げている。教科書と現場、両方知っておくと強いです。
サイゼリヤはなぜ強気になれたのか

普通に考えたら、サイゼリヤは「安さ」が売りですから、弾力性はめちゃくちゃ高そうです。
でも、よく見ると値上げの設計がうまい。ポイントは3つです。
①代わりがない
あの値段で、あのワインとドリアが食べられる店は他にありません。
代替品がないと、弾力性は下がります。
②信頼の貯金
4年間「値上げしない」を守り、しかも理由を「努力不足」と言った。
この誠実さで、お客さんの頭の中が「値上げ=裏切り」ではなく「値上げ=応援しなきゃ」に変わりました。
弾力性は、感情でも下がるのです。
工務店で言えば、この「信頼の貯金」は、引き渡した後の対応で貯まります。
約束した日に点検に来る。不具合に翌日動く。この積み重ねが、値上げの説明をしたときに「この会社が言うなら」と受け取ってもらえる土台になります。
③上げる場所を選んだ
ランチ、モーニング、フレッシュワインは据え置きです。
これはたぶん「価格に敏感なお客さんが使うメニュー」なんですよね。
弾力性が高いところは触らず、低いところだけ上げる。
ちなみに、レジャー施設の周辺や都市部の一部店舗は平均10%の改定です。
お客さんが値段を気にしにくい場所ほど、多めに上げている。ここも弾力性の読みです。
教科書みたいな値上げです。

ここで、数字を一つだけ。
6%値上げした場合、お客さんが5.7%減るまでは、売上は増えます。
計算は簡単です。売上は「単価×客数」ですから、単価が1.06倍になったとき、客数が1÷1.06=0.943倍、つまり5.7%減ったところで元の売上に戻ります。
逆に言えば、ここを超えると値上げは失敗です。
サイゼリヤは「5.7%も減らない」と読んだわけです。
この計算、工務店に置き換えると、もっと面白いことが分かります。
たとえば、年間の売上が1億円、粗利率が25%の工務店があるとします。粗利は2,500万円です。
ここで3%値上げをします。原価は変わらないので、値上げ分の300万円はそのまま粗利に乗ります。粗利は2,800万円です。
では、値上げが嫌で、お客さんが1割減ったらどうなるか。
売上は1億300万円の9割で9,270万円。粗利は2,800万円の9割で2,520万円。
つまり、お客さんが1割減っても、値上げ前の2,500万円より粗利は多いのです。
粗利率の低い商売ほど、値上げは利益に直接効く。これが「3%の値上げ」を軽く見てはいけない理由です。
もちろん、固定費や職人さんの稼働の話は別に考える必要があります。
でも「値上げしたら客が減るから怖い」という感覚だけで判断するのは、もったいない。数字にすると、怖さの正体が見えてきます。

うちも「代わりがない」って言いたいけど、近所に工務店は何社もあるんですよ・・・。

じゃあ、まず「うちで建てる理由」を言葉にするところからですね。
理由がないなら、値上げの前に理由をつくる方が先です。
値上げの前に、「それでも選ばれる理由」があるかどうか。
ここが、値上げの成否を分けます。
自分の会社に当てはめる3つの問い

僕は中小企業診断士でもあるので、少しだけ試験の話をさせてください。
この「価格弾力性」、診断士試験ではちゃんと過去問に出ています。
平成20年の経済学で、「原油価格が上がっても、ガソリンの小売価格への影響を小さくする要因は?」という問題。
正解の組み合わせは「円高」と「高い需要の価格弾力性」でした。
なぜ弾力性が高いと影響が小さいのか。
値上げすると客が逃げるから、お店は値上げを転嫁できないからです。
つまり試験は、弾力性を「値上げがどれだけ通るか」の指標として聞いてくる。
今日の話と、まったく同じ構造です。
せっかくなので、サイゼリヤ版の予想問題を1問。
外食チェーンX社は「値上げしない」方針を転換し、メニュー全般を平均6%値上げしたが、価格に敏感な顧客層が利用するランチは据え置いた。需要の価格弾力性に関する記述として最も適切なものはどれか。
- ア 需要の価格弾力性が1より大きい商品を値上げすると、売上高は増加する
- イ 需要の価格弾力性が1より小さい商品を値上げすると、売上高は増加する
- ウ 代替財が多い商品ほど、需要の価格弾力性は小さくなる
- エ ランチを据え置いたのは、ランチの需要の価格弾力性が小さいと判断したためと考えられる
正解は、イです。
アは逆。弾力性が1より大きいと、値上げで客が大きく減るので売上は減ります。
ウも逆。代わりが多いほど乗り換えやすいので、弾力性は大きくなります。
エも逆。ランチを据え置いたのは「上げると逃げる=弾力性が大きい」と判断したからです。
4つのうち3つが「逆」。受験生がよく引っかかる作りです。
なぜ試験の話をしたかというと、試験に出るということは、それだけ長く使われてきた、経営の基礎になる考え方だということだからです。
流行りのノウハウではなく、何十年も前から変わらない原理です。だから、サイゼリヤにも、地方の工務店にも、同じように効きます。

試験の話はここまで。ここからが本題です。
値上げを考えている経営者さんは、一度、自分の会社にこの3つを聞いてみてください。
【セルフチェック】
- うちの商品を、お客さんが「それでも選ぶ理由」を言葉にできますか?
- 価格に敏感なお客さんが使う商品・メニューと、そうでない商品を分けていますか?
- 値上げしたとき、お客さんが何%減ったら売上が元に戻るか、計算したことがありますか?
理由があれば、弾力性は低い。上げても大丈夫です。
理由がないなら、値上げの前に理由をつくる方が先です。
そして、全部一律に上げない。敏感なところは据え置く。これだけで反発は半分になります。
工務店なら、たとえばこんな分け方です。
- 据え置く候補:見学会やイベントの参加費、初回のプラン提案、定期点検など「入口」にあたるもの
- 上げる候補:仕様のグレードアップ、造作家具、外構など「選んだ人だけが払う」もの
入口の価格は、お客さんが他社と比べる場所です。ここを上げると弾力性が高く出ます。
一方で、すでに「この会社で建てる」と決めた後の選択肢は、弾力性が低い。サイゼリヤがランチを据え置いて、グランドメニューを上げたのと同じ構造です。
値上げは「全部をいくら上げるか」ではなく、「どこを上げて、どこを守るか」を決める作業です。
値上げは、勇気ではなく設計です。
まとめ:値上げは勇気ではなく設計

今日の経営学用語は「価格弾力性」でした。
- 価格弾力性とは、値段を上げたとき、お客さんがどれくらい減るかの度合い
- サイゼリヤは「代わりがない」「信頼」「上げる場所を選ぶ」で弾力性を下げてから値上げした
値上げに踏み切れない会社の多くは、勇気が足りないのではなく、設計が足りていないのだと思います。
弾力性を下げる準備ができていれば、値上げはお客さんに「ありがとう」と言われる行為にすらなる。
サイゼリヤのニュースは、それを証明してくれました。
そして、この設計は大企業だけのものではありません。
「うちで建てる理由」を言葉にする。守る価格と上げる価格を分ける。引き渡し後の対応で信頼を貯める。
どれも、明日から工務店の現場でできることです。

僕が顧問先の工務店さんとお話ししていると、「値上げしたいけど怖い」という相談がとても増えています。
資材も人件費も上がっている今、値上げをしないという選択は、職人さんと社員さんの給料を削ることと同じです。
だからこそ、「それでも選ばれる理由」を一緒に言葉にして、上げる場所と上げない場所を決める。
値上げは、お客さんへの裏切りではなく、良いものを届け続けるための設計です。
このシリーズでは、ニュースを入口に経営学の言葉を一つずつ解説していきます。
次回は「ビール減税で学ぶ『5つの力』」、発泡酒はなぜ生まれ、なぜ消えるのかという話をする予定です。
ワキログでした!
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